五 制度の真の狙いは何か

 この制度は「単に痴呆老人を医療保険から引き剥がす」だけではないのである。診療報酬を協議する中央社会保険医療協議会が出席団体の利害が対立し、審議すら不可能となっているのに比べ、介護保険の審議が進んだのは「審議会を構成する団体の利益に合致し、金の配分に合意ができた」ためである。

第三者とも思える学識者たちの脳裏には、それと別のシナリオが描き出されていた。つまりこの介護保険制度には、皆保険制度を根本から変革しようとする陰の意図が存在する。

池上直己慶大教授らは、唐突に「従来の医療改革と福祉を再統合した新しい形のケアを形成するためには、介護保険という名称は適当でなく、長期ケアに対応するサービスの供給であるから、『長期ケア保険』と呼ぶべきである。外国でも、long-term care insuranceと呼んでいる。」と記述する。そして、次の行からは、この「長期ケア」があたかもわが国でも認知済みという口調で、「医療よりも介護保険が優先すべきである」と介護保険を解説している。

こうした新語で、学者たちは、介護保険制度の隠れた計画に進もうとしている。

つまり、一段階目は六十五歳以上への医療保険給付停止計画であるとすれば、二段階目は、四十五歳以上の慢性疾患を介護保険に移すことである。この実験的な疾病は特定疾病と称され十四万人強と推定されている。

初老期の痴呆(アルツハイマー病、ビック病、脳血管性痴呆、クロイツフェルト・ヤコブ病等)脳血管疾患(脳出血、脳梗塞等)筋肉萎縮性側索硬化症、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、シャイ・ドレーガー症候群、糖尿病腎症・糖尿病網膜症・糖尿病神経障害、慢性閉塞性肺疾患(肺気腫、慢性気管支炎、気管支喘息、びまん性汎細気管支炎)両側の膝関節または股関節に著しい変形を伴う変形性関節症、慢性関節リウマチ、後縦靭帯骨化症、脊柱管狭窄症、骨粗しょう症による骨折、早老症(ウエルナー症候群)が疾患名である。

 しかしながら、介護保険が対象にしているのが完治することのない「継続的な援助を必要とする人々」であり、その給付は「疾患名ではなく、要介護度」によるとすれば、例えば、糖尿病性腎症が介護保険の対象になるならば、全ての原因による人工透析実施者も当然対象になるべきである。

つまり、制度が対象とすべき疾病は悪性疾患を始めとして無数に存在することは明々白々である。

 こうした無数の疾患の介護保険への適用を、国民(そして少しでも国民を考える医師)が要求(訴訟を含めて)するであろうことも明らかである。

 つまり、問題点は二つある。@介護保険に適用される疾患は無限に広がる。A対象者が増加すれば介護単価を低下させる。B認定を受けると医療給付は大幅に制限される。この両者は対立係にあり、決して癒合しない。

 このように制度の理念としていた「痴呆高齢者の家族を支える仕組み」の追求は消え去り、医療改革の事ばかりである。

社会保障分野を営利追求の分野にしようとする学者たちが、計画が「介護低所得者層の費用を介護保険制度から出させる」という計画である。社会保障を市場原理に任せるために邪魔になるのが、低所得者層である。これを介護保険制度でみてしまえば、何でもできるのだ。様々な「負担無き給付政策」が折り込まれている。しかし、それは社会保障として税金で購うべきである。重複する負担に国民は耐える事は出来ない。

国民皆保険制度下では、全ての国民は過去に納めた保険料により、医療保険給付を受ける権利がある筈である。「過去に納めた保険料は現在将来の給付を保証しない」とすれば、介護保険料の徴収に納得して応じる国民は限られるであろう。

 医師も参加しているはずの審議会が、これらの問題点を解決しないままにスタートさせたとすれば驚愕としか言えない。